転倒の原因には3つの要素があります。その人自身のからだや心の要因(内的要因)周辺環境(外的要因)何をしようとしていたか(行動要因)の3つです。転倒予防を考える時、これらの要因を考えて、なるべくリスクとなるものを減らす、なくすように工夫をするのが一般的です。

 たとえば、外的要因について言えば、ぬ・か・づけ(一般社団法人 日本転倒予防学会提唱)の言葉に象徴される「れているところ」、「階段(いだん)・段差」、「片づけていないところ」には、要注意です。

 つまずく、滑る、踏み外すなどの転倒・転落の原因となる動作をなくすために、バリアフリーが必要なこともあります。特に、階段や段差がない施設、住宅は、高齢者や下肢に障害のある人々にはとてもありがたいものです。

 ただし、「Use it, or lose it」(使わなければ使えなくなる)とされるように、人のからだは、日頃、使っていないとその機能がどんどん衰えてしまい、いざという時の行動がとれなくなってしまいます。脚の骨折をした時に、長期間ギプスをはめていて、それを外すと太腿の筋肉が細くなり弱っているのを知って驚く患者さんが結構いますが、筋肉は使っていないと弱るのです。

 バリアフリー型の介護施設に親を入所させて、「これで転倒しないで暮らせるから安心、安心!」と思う人も居るかもしれませんが、実はそうした施設に長く住んでいて、からだを積極的に使わないでいることで、日々からだの能力を衰えさせてしまうのです。

 適度なバリア(物理的障壁)は実は大切です。

 歩く、またぐ、昇って降りるという日常生活の移動動作を行い、しっかりからだを使おうという意識を持ち続けることが転倒予防に結びつくのです。

 一方、日本家屋はよくできた「バリア  “アリー” 」住宅です。玄関のがりがまちで履き物を履く・脱ぐ、畳(床)の上に座る、そこから立ち上がる、布団の上げ下ろしをする、廊下の雑巾がけをするなど、家の中でさまざまな動作を繰り返します。日本家屋の中では、日頃から脚を使い、腕を使い、からだ全体を使って暮らすことになるのです。結果、それらが「転倒予防体操」となります。「普段の暮らしが自然な訓練」なのです。

 都内三鷹市に、「三鷹天命反転住宅 ~イン メモリー オブ ヘレン・ケラー~」があります。芸術家の荒川修作さん(2010年、73歳没)、マドリン・ギンズさん(2014年没、72歳没)の夫妻が設計して2015年に完成したものです。最近、その住宅の宿泊券が三鷹市のふるさと納税の返礼品となったことで話題を呼んでいます。

ふるさとチョイスHPより引用)

 外装・内装ともにカラフルな建物で、立方体・球体・円筒形の空間、床の表面には凹凸があり、一般的な家の常識が反転する奇抜なデザインです。全体として、家の中はからだの様々な機能を刺激し、特に平衡感覚を揺さぶることで心身の活性化を図る構造になっています。住宅のサブタイトルになっている、「ヘレン・ケラー」(米国の社会福祉事業家、1968年、87歳没)は視覚・聴覚に障害がありながら、からだを使って言葉を習得して、自ら運命を変えたことから、「天命反転」の意味が込められています

 まったくバリアのない安全性完備の空間は、確かに転倒・転落のリスクはありません。しかし、日常生活や社会生活を送る中で、そうした空間ばかりの環境が広がることはあり得ません。適度なバリアをいかに乗り越えるか、そのバリアにいかにしなやかに対処するか、時には他者の手助けをいかに得るかなど、様々な工夫をして、からだと心に刺激を与え続けることが必要でしょう。

 バリアフリーは大切です。しかし、時には「バリア  “アリー” 」の意味を考えることも転倒予防には大切なのです。

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