漫画『サザエさん』(長谷川町子作)に登場する父親の磯野波平さんは、気のいい平凡なサラリーマンですが、年齢は54歳の設定とされています。1946(昭和21)年から1974(昭和49)年まで朝日新聞などに4コマ漫画で連載されましたが、その当時の一般社会の定年年齢は、55歳だったでしょうから、「間もなく定年を迎える父親像」を表現していたと思われます。定年後は、「伊佐坂先生(60代)」や「お隣のおじいちゃん(70代)」のように、ゆったりと暮らす予定の波平さんを想定していたのでしょう。

 2021(令和3)年4月1日に、改正高齢者雇用安定法が施行され、今や70歳(古希)まで働くことが求められる時代となりました。働く意欲があり、体力的にも十分に動ける高齢者が社会で活動することは喜ばしいと思いますが、いざ働くとなると、その職場や活動の場は限られています。
 それに加えて、不慣れな仕事や肉体労働中心の業務に従事することになり、ケガや事故を招く例も決して少なくありません。
 統計でも、60歳以上の労働災害(労災)は20代の2倍以上、とりわけ転倒・転落事故が増大していることが明らかになっています。
 そこで国(厚生労働省労働基準局安全衛生部安全課担当)と連携して、日本転倒予防学会は、労災としての転倒・転落事故を予防する取り組みを始め、2021(令和3)年10月10日の「転倒予防の日」に合わせて、チラシ・ポスターなどを用いて社会啓発活動を展開してきました。

 一方、この4月、国の労働政策審議会が「第14次労働災害防止計画」をまとめ、これが適用されることになりました。その中に「転倒災害の増加に歯止めをかける」ことが強調され、今年度から、以前より行っていた社会啓発活動が幅広く展開されることになりました。静岡労働局をはじめ、多くの転倒予防に関する啓発活動では、日本転倒予防学会が提唱している「ぬ・か・づけ」(ぬれているところ、階段・段差、片づけていないところは転びやすい)が、活用されています。

 

 さらに、日本転倒予防学会が長く実施してきた「転倒予防川柳」も、こうした国の動向の中での啓発素材として評価され、今年度から厚労省の支援を得て、公募される運びとなったのです。

転倒予防川柳 主な過去大賞作品】

「口先の 元気に足が おいつかず」(2011年、埼玉県 掛川二葉)

「コケるのは ギャグだけにして お父さん」(2012年、兵庫県 奥田明美)

「あがらない 年金こづかい つま先が」(2013年、静岡県 石川芳裕)

「つまずいた 昔は恋で 今段差」(2014年、長崎県 福島洋子)

「滑り止め つけておきたい 口と足」(2015年、東京都 佐川晶子)

このような傑作がこれからもたくさん誕生し、転倒労災を予防するのに役立ち、皆の意識を変えて、行動を変えていくことに結びつくことを希望しています。

 


〔参考図書・文献〕

1)週刊保健衛生ニュース(令和5〈2023〉年3月6日、第2199号)、pp38‐39

2)武藤芳照:『あの人も転んだ この人も転んだ』、三恵社、2021年

3)武藤芳照、萩野 浩、三上容司、竹下克志:『高年齢労働者のための転倒・転落事故防止マニュアル』、2023年、新興医学出版社

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