大手町駅(東京都千代田区)は、東京メトロだけでも4路線が乗り入れているので、構内は誠に広く、乗り換えの移動だけでも、時に一駅分近くはあるのではないかと思えるほどの距離を歩くこともあります。

 今春のある日、その大手町駅での帰路、長い長い下りのエスカレーターに乗った時のこと。前方の右側に立っている人を見かけました。本来、エスカレーターに乗る際は、二列で並んで立って、右側の人は右、左側の人は左の移動ベルトに手を添えるのが正しいマナーとされています。しかし、いつの頃からか幅が2人分あるエスカレーターの場合、先を急ぐ人がエスカレーターを歩いて移動できるように、片側を空けておく習慣が社会に浸透していきました。

 しかも、その習慣は日本全国共通ではなく、東京では左側に立ち、大阪では右側に立つのが暗黙のルールとされています。出張で東京駅から新幹線に乗り、新大阪駅に降り立った瞬間から、そのルールに則って右側に立たないと、後ろから冷たい視線を浴びることになります。

 さて、大手町駅のエスカレーターで、右側に立ち続けている中年の男性。急いで上から下りてきた人が、つい舌打ちをしているかのような風情で、その男性の左側をすり抜けていきました。このままだと人や荷物がその男性に接触して、エスカレーターで転倒するのではと感じ、心配していました。きっと大阪から出張か何かで東京へやってきて、例の「ルール」に慣れていないのだろうと思い、転倒予防のために近づいて声掛けしてみようかと思いました。

半身麻痺のイラスト 幸いしばらくしてプラットフォームに到達して、件の男性はエスカレーターからゆっくりと下りました。そして、男性は左上肢をやや屈曲させ、左下肢をやや外回しに振って歩き始めました(分回し歩行)。脳卒中により左片マヒをきたして、左の腕も脚も不自由なので、エスカレーターの右側に立って、右手で移動ベルトをつかんで支えることしかできないのだと、即座に理解しました。

 声掛けしなくてよかったと、ちょっと冷や汗ものでした。

 エスカレーターを利用するのは、健常で元気な人ばかりではなく、ケガや病気で左右のいずれかの側でないと安心して移動できない人もいるのです。急いでいる人のために、一方の側に皆が立ち続けていることが、そうした人たちにとっては、とても迷惑で困った事態を生み、結果、転倒・転落事故を招くことがあることを伝えていかなければ!

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