都内に住む70歳の女性が先般、某紙の投書欄に「階段で骨折を機に免許返納」というタイトルで体験談を投稿していました。「娘の家を出る際に階段を踏み外して右大腿骨を骨折」したことをきっかけに、家業では欠かせない、「日常的にも便利な足」となっていた車の運転免許証を返納したという内容です。階段で転ぶ人のイラスト(女性)

 普段何気なく昇降している階段を踏み外すのは、加齢現象に加えて、運動不足による脚力や感覚機能の衰えなどが複合して起こる人間力の低下を象徴しているとみなされます。そのことを認識せずに、以後、車の運転を続けていると、アクセルとブレーキを踏み間違えるなどをして重大事故を招くリスクがあったかもしれないので、極めて適切な判断だと思います。

 かつて、第63代衆議院議長を務めていた福永健司(1988年、77歳没)は、1985年1月の国会の開会式のリハーサルで、天皇陛下が着座される玉座にお尻を向けないように後ろ向きに階段を下りる動作がうまくできないこともあって、議長を辞任したというエピソードが伝えられています。

 もし、そのまま議長を務め続けていたら、大切な国会の儀式の中、天皇陛下の眼前で、階段落ちをしていたリスクがあったのかもしれません。

 ところで、映画では「階段落ち」が重要な場面として描かれることがしばしばあります。最も有名なのは、『戦艦ポチョムキン』(ソビエト連邦のサイレント映画、セルゲイ・エイゼンシュテイン監督、1925年)でしょう。「オデッサの階段」と呼ばれる約6分間にわたる場面で、ロシア帝政末期、皇帝に忠誠を誓ったコサック軍が民衆に向けて無差別に発砲したことによる大虐殺の残忍な光景が描かれています(史実では、オデッサの階段での虐殺はなかった)。特に、撃たれた母親の手を離れて赤ちゃんを乗せた乳母車が階段を落ちていくシーンが有名です。

Battleship Potemkin | The Odessa Steps Scene

 この有名な映画の場面は、その後、アメリカ映画『アンタッチャブル』(ブライアン・デ・パルマ監督、1987年)に引用されています。シカゴ・ユニオン駅でのエリオット・ネスチームとカポネー派との銃撃戦での「階段落ち」の場面です。また、この映画で名演を見せた、主演のエリオット・ネス役のケビン・コスナー、共演のベテラン警察官役のショーン・コネリー、若い警察官役のアンディ・ガルシアが、その後、一躍注目俳優の階段を昇っていくことになりました。

The Untouchables – Union Station Scene

 日本映画での「階段落ち」として最も有名なものは、『蒲田行進曲』(深作欣二監督、1982年)でしょう。劇中劇の新選組の池田屋事件での階段落ちがクライマックスであり、高さ約8m、35段の階段から斬られた志士の一人が落ちていく場面に至る物語で、大ヒットした映画となりました。

『蒲田行進曲』劇場予告編

 そして、今、現実にロシアのプーチン大統領が指揮する軍隊が独立国ウクライナに侵攻し、ウクライナ国民は無差別の砲爆撃にさらされています。あたかも「オデッサの階段」での場面が現実のものとして、日々繰り広げられているのです。

 映画の「階段落ち」は、迫力ある物語として鑑賞できますが、高齢者が階段を踏み外す転落事故は予防したいものです。そして、国家元首の指示による「オデッサの階段」のような善良な市民の無差別虐殺は、一刻も早く止めなければなりません。

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