- 健康医学 面白ゼミナール
- 2026.06.25
昨秋、かつて医学生時代に家庭教師をしていた私の地元愛知県大府市で大きな工務店の社長を務めている元教え子(当時中学生)の依頼で、安全大会に招かれ、職場の転倒労災予防の講演をしました。実に、55年ぶりの再会でした。「その節は、大変お世話になりました」と、挨拶をされましたが、学生アルバイトの家庭教師として、どれほど役に立ったのか、自問自答する瞬間でもありました。
個人的に指導・学習の支援をする家庭教師と同じように、顧客一人ひとりの要望に応じて、健康・体力づくり、ダイエット、ケガの後のリハビリテーション、ボディメイク、「特定の筋肉を鍛えたい」等の指導・ケアを行う「パーソナルトレーナー」が、各地のジムやスポーツクラブなどで活動しています。国家医療資格の理学療法士や管理栄養士、健康運動指導士(厚生労働者が所管する「健康・体力づくり事業財団」が認定)などの資格を有しているわけではなく、国内の民間の協会や米国の資格などを有している人もありますが、特に関連資格を有さない人など、背景や経験・資格は様々なようです。「資格不要で、誰でも名乗れる」のが、実体かと。
顧客の性・年代・目的・要望などもまちまちで、トレーナーは、基本的なスポーツやトレーニングや栄養・健康などに関するある程度の知識を有しているとみなされますが、「鍛える」ことには慣れていても、個々人の安全配慮に関する知識・事故予防への基礎知識・経験・対応が不十分なために重大な事故を招くことがあります。
A .
ある地域の70代の男性、定年を過ぎて、これからも元気に過ごそうと、健康・体力増進のために地元のジム通い。マンツーマンで、パーソナルトレーナーの指導を受けることに。色々な運動・体操を教えてくれ、おおむねクリアしていて、「体力ありますね!」とほめられ、ある時、片脚起立やステップ動作を続けて指示された。結果、転倒して手を突くとともに腰を床で強打した。大腿骨頸部と手首の骨折をきたしてしまった。

B .
50代の女性が、近所に新しくできたスポーツジムのチラシに興味を覚えて、「無料体験」に。パーソナルトレーナーの指示に従って、運動をしてみた。元々、子どもの頃から体育が苦手で、ここ10年以上、運動やスポーツとはほとんど無縁の生活を送っていたが、均整の取れたからだの元サッカー選手の若い男性トレーナーの声かけによるフォームでバーベルを持ってスクワットをしていたら、腰椎圧迫骨折をきたしてしまった。

C.
30代の女性、最近、ちょっと体形が気になってきて、流行のおしゃれな洋服を着たいと、ジムに通うことにした。いろいろな運動を経験して、だんだん面白くなってきて、パーソナルトレーナーの指導を受けることに。「脚の筋肉を鍛えましょう」と言われ、踵を上下する脚の筋力トレーニングを続けた。少しづつふくらはぎに違和感が生じてきて、「無理、限界です」と訴えたところ、トレーナーに「ここを乗り越えないといけない」「頑張りましょう!」「大丈夫」と励まされ、その運動を繰り返していたところ違和感が痛みに変わり、心配になって、ジムの帰りに近くの整形外科に駆け込んだ。結果、「下腿三頭筋の肉離れ」と診断されてしまった。

(いずれも実際の事例や資料を複合した模擬事例)。
こうしたジムやスポーツクラブなどでのパーソナルトレーナーの運動指導中の中高年者のケガの事例はかなり多く発生しており、国民生活センターへの報告件数も増えていて、腰・股関節、膝・足、肩・腕などのケガが多く、特に女性の事例が目立ちます。
スクワットや腹筋運動のやりすぎ、重すぎる負荷での筋肉・関節の外傷、姿勢や動作が不適切による腰痛、極端な食事制限による低血糖などの例もあります。「筋肉は裏切らない!」というかつての流行語をトレーナーから何度も言われて、がんばり続けたら、あちこちを痛めてしまって例もあるようです。
パーソナルトレーナーの中には、いろいろな基礎資格を取得して、専門的な知識や豊富な経験を有していて、一流スポーツ選手や芸能人などの指導で高い評価を得ている人も、もちろん居ます。一方、トレーニングや医学知識を学校等でしっかり受けることなく、基礎資格もなく、ジムやスポーツクラブの職員・アルバイト・委託業務で、トレーナーの指導をしている人も居ます。
運動・スポーツは、クスリと同じ。少なければ効果はないが、多すぎたり与え方が間違っていれば、副作用があるものです。個々人の条件に合わせて行うのは、クスリの処方と同じで、だから「運動処方」という考えが大切です。「クスリは逆に読むと、リスクrisk」なのです。そうした安全教育(リスク教育)をトレーナー本人も、ジムやクラブなどの施設・企業も、継続して行うことをしなければ、パーソナルトレーナーの信頼が転ぶことになるでしょう。

執筆者:武藤芳照
(東京健康リハビリテーション総合研究所 所長 / 東京大学名誉教授 / 医学博士)
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