野球やバレーボールなどのスポーツ競技のスコアボードを見て、「0」と記されているのを見れば、そちら側に「得点がない」ことがすぐにわかります。「0」は、元々6世紀頃、インドで発見され(『零の発見』吉田洋一著、岩波新書、1939年に詳しい)、「ものが無いこと」を表す算用数字として、世界で広く使われています。また、電話番号の「03」や「06」、「052」のように、空位を示す時にも用いられ、日常生活でなくてならない記号です。

 「0、零」の読み方については、NHKは、2026年4月から「レー」と呼んでいたのを「ゼロ」を優先しつつ、「レー」の2通りとすると定めたようです。「ゼロ歳児」や「ゼロ戦」のように、固有の読み方が決まっている例もありますが、「テスト0(レー)点」や「気温0(レー)度」のようにすでに読み方が固定されている例もあり、なかなか複雑な様相です。電話番号では、「ゼロ」を繰り返して読むほうが、「レーレー」と読むよりも聞き違いが少ないというメリットもあるようです。

 さて、「0」が「無いこと」を表すのは良いとして、例えば、交通事故や転倒・転落事故、労働災害などが「0」、火事、台風、洪水、地震などの災害が「0」などの場合は、「無いこと」が、望ましい状態を表しています。ただし、医療や介護などの現場で、いわゆる「ナースコール」が「0」の場合には、単純に良い兆候ととらえるのは、慎重にする必要があるのです。

 この場合の「0」には、2種類の「0」があります。つまり、本当に患者さんや入所者について「問題がない」ことを表している場合と、実際には問題があるけれど、いろいろな事情でナースコールのボタンを押していない場合とがあるのです。前者については、表面的にも実質的にも、その患者さんや入所者に、まったく問題や訴えが無いこと示します(実質「ゼロ」)。しかし一方、本当は問題や訴えがあるけれど、「(看護師さんがとても忙しそうで、申し訳なくて)訴えられない」、「(ベッドから誤って落ちてしまったけれど、緊急通報のボタンに手が届かないため)訴えられない状態にある」場合もあるのです。表面的にはナースコール「0」と表示されますが、実際には深刻な事態にある時も少なくないことを意識しておくことが必要なのです。

 一方で、深夜に何度も「ナースコール」をする高齢者もいます。「眠れない」「手術したところがとても痛む」「背中がかゆい」「咳が止まらない」など。そうした折は、A病棟のBさん、昨夜の「ナースコールが7回」などと記録され、申し送りされます。一般的には、からだの状態が改善してくれば、徐々に「ナースコール」は減少しますが、逆に増えてくるようならば、訴えについて精査が求められます。

 「0」が、必ずしもいつも「無いことを表す」望ましい状態を示しているわけではないことを、こうした医療・介護の現場で働く専門職の方々には、是非とも注意していただきたいと思います。『ゼロの焦点』(松本清張作、光文社、1959年刊)風に、「ゼロの裏側の焦点」を意識することが必要な時もあるのです。


執筆者:武藤芳照
(東京健康リハビリテーション総合研究所 所長 / 東京大学名誉教授 / 医学博士)
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