中高年男性が夕食時などにアルコールを摂取して夜中にトイレに行き、排尿直後に突然失神して倒れる事例を紹介した#43『「排尿失神」で転ぶ』は、ずいぶんと反響がありました。「排尿失神」で転ぶことは、日常生活のごく普通の行動の中に隠されている転倒リスクの一つの例ですが、それぞれ思い当たることやこれに似た気にかかるエピソードを有する人が少なくないのでしょう。

ヒゲを剃る男性のイラスト この例と同様に、中高年男性に時折見られるのが、ヒゲそりをしている最中に失神して転ぶというものです。50代後半の広告会社で部長職を務める男性Yさん。元々ヒゲが濃いこともあり、毎朝、起床後に洗面所で鏡の中の自身の顔を見ながら、シェーバー(電機かみそり)で丹念にヒゲをそるのが日課でした。

 ある金曜日の朝、その日は午後に役員会でのプレゼンテーションがあり、連日資料作りで疲労も蓄積し、睡眠不足状態。それでもここを乗り切れば土日はゆっくり休めると、いつもより時間をかけてヒゲをそっていました。

 ところが、首の右側あた気絶のイラストりにシェーバーの先端を強く押しつつヒゲをそっているうちに失神。大きな音がしたので奥さんが駆けつけてみると、倒れているご主人を発見。安静にしていると、間もなく意識を回復し、特に頭のケガやマヒもありませんでした。午前中に友人の医師に電話で相談したところ、「頚動脈洞反射」と説明されました。とりあえず、役員会のプレゼンテーションを無事済ませ、翌週、念のために病院で心臓や脳の検査を受けましたが、特に異常はありませんでした。

 「頚動脈洞反射」とは、ノドボトケ(甲状軟骨)の左右にある圧センサー(血圧感受装置)が強く圧迫されて、脳神経(舌咽神経-迷走神経)を介して心臓抑制が起きることで、脈拍・血圧が下がり、脳への血流が減少して一時的に意識を失うこともあります。柔道の締め技で「落ちる」と呼ばれる現象は、この「頚動脈洞反射」のメカニズムによるものです。そのため、頚動脈洞(内頚動脈基部の膨らみ)のある首の動脈のことを「失神動脈」と呼ぶ人もいます。

 くだんの中年男性は、日々の業務が激務であったことと睡眠不足が重なり、疲労が蓄積していて自律神経の調節能力がいつもより低下している状態だったのでしょう。そこに首を反らせて、いつもより長く強くシェーバーで首を圧迫していたために、頚動脈洞反射を引き起こして失神し、「洗面所でヒゲそり中に転ぶ」という事態を招いたのだと思います。

 幸い、完全に回復し、後遺症を残すことはありませんでしたが、洗面所で転倒すると、洗面台に頭や顔を強打して脳への外傷をきたすリスクはありますので、注意が必要です。

 なお、床屋(理髪店)でヒゲを丁寧にそってもらっていて失神し、救急車で病院に運ばれた高齢者の事例もあります。「ヒゲそりで気を失って転ぶ」こともある、ということを銘記して、シェーバーはやさしく使いましょう。

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