私が小学生の頃、学芸会での出来事(そういう時代もありました!)。
同級生のK君が舞台の下手から歩いて登場したところ、途中で転んでしまいました。これは、特に脚本による演出でもなんでもなく、舞台の床面につまずいて起きた実際の転倒でした。

 それから60年近く経った今もそのことを鮮明に記憶していることが、転倒予防舞台医学の活動に結びついているのかもしれません。

 舞台は、演劇、音楽、舞踊などの表現者にとって、活躍の場である一方、転倒・転落・墜落事故が起こりやすい場所でもあります。

 1958(昭和33)年4月1日、宝塚の、というよりも日本の演劇・舞台の歴史の中で最も凄惨で重大な事故が発生しました。月組娘役のタカラジェンヌ(21歳)が、セリに乗って降下していった時のことです。彼女の衣装にはドレスの裾を広げるためのスチールベルトが取り付けられており、それがむき出しの回転シャフトに絡まり巻き込まれてしまったために、無残にも胴体が真っ二つに切断され死亡するという事故でした。

 2012年8月、当代松本幸四郎が7代目市川染五郎の時代(39歳)、舞台上で舞踊の際に、セリから約3m下の奈落に落下しました。全身を激しく打撲し、その場は「血の海」となり、右手首を骨折しましたが、命に別状はなく、無事に舞台に復帰しました。

 2017年10月、市川猿之助は、舞台公演中、花道にある「すっぽん」と呼ばれる昇降機のスクリューに衣装が引っ掛かり、左腕が巻き込まれ、前腕の開放性(複雑)骨折をきたしました。こちらも幸い細菌感染も起こすことなく、元気に舞台に復帰すると共に、テレビドラマ『半沢直樹』では見事な顔芸を披露してくれました。

 舞台上には、舞台そのものの特殊性(高さ、広さ、奥行き、幕、セリなど)、演目や出し物の特徴、その時の衣装や大道具・小道具、登場人物の数など、多くの要因が重なって、このような重大事故、とりわけ転倒・転落・墜落事故が発生することがあります。

 過去にも、1973年6月には、八代英太が公演中(愛知県刈谷市)に奈落へ墜落してその後、下半身不随に。1987年3月、沢田研二がコンサート中(京都市)に舞台から墜落して骨折するなど、重大な事故事例があります。

 表現者の健康と生命を守り、日本の文化を守るために、こうした過去の重大事故の事例について、丹念に分析して、具体的な事故防止策を講ずるという、不断の営みが舞台関係者には求められています。

 

舞台医学入門(新興医学出版社)

『舞台医学入門』
監修:武藤芳照(東京大学名誉教授)
編集:山下敏彦(札幌医科大学教授)・田中康仁(奈良県立医科大学教授)・山本謙吾(東京医科大学教授)
発売日:2018年04月12日
出版社:新興医学出版社

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