一般に、高齢者が転倒して骨折や大ケガをする場合は、

・前に転んで片手を突く 躓いたお婆さんのイラスト
➡️ 手首とう骨)の骨折
・後ろに転んで尻もちを突いたり後頭部を強打 尻もちのイラスト(お爺さん)
➡️ 脊椎(胸椎・腰椎)圧迫骨折、頭部外傷(急性硬膜下血腫、脳挫傷など)
・横に転んでお尻の側面を強打
➡️ 大腿骨近位部の骨折

 

  というパターンになります。

 転倒予防で大切なのは、もちろん転倒そのものを予防することですが、もう一つ仮に転倒しても大ケガをしないことも大切なのです。

 柔道やスキーの指導で、最初に行われるのは、この転んでも大ケガをしないための「上手な転び方」や受身の技を習得することです。

 柔道やスキーでは、転ぶことが前提となっていると言ってもよい程、転倒場面が多いのです。受け身のイラスト

 特に柔道の受身は、基本技術の最たるもので、前受け身後ろ受け身横受け身の三つの型があり、先に述べたような転倒 → 骨折などの三パターンに合致する「転び方の技」が作られています。

 筆者のスポーツ医学の研究仲間には、整形外科医で柔道の達人でもある紙谷武医師現 東海学園大学スポーツ健康科学部教授)が居ます。彼に、転倒による大ケガ予防のための柔道の受け身について研究してもらったところ、次の二つがポイントであると示してくれました。

 (1)手と腕による衝撃の軽減

 (2)からだを丸めること(円運動)による衝撃の緩和

 

 たとえば、前方に転倒しかけたら両膝を曲げて、まず膝から着地して、背中を丸めて倒れ込み、両腕・両手(指はしっかり閉じる)で「ハの字」を作りつつ、床面を「バン!」と叩いて少しでも衝撃を吸収します。

躓いたお婆さんのイラスト

 後方に転倒しかけたらまずお尻を着地してお尻を中心に円運動を描き、背中を丸めて倒れながら、両腕を「ハの字」に開きつつ、床面を「バシン!」と叩いて背中への衝撃を和らげます。

尻もちのイラスト(お爺さん)

 

 横方向に転倒しかけたらアゴをグッと引いて、全身で衝撃を吸収するようにします。倒れる側の片方の腕の開き方は、「ハの字」の形にします。

 

 とっさの時に、こうした動作を実際に行うことは容易ではありません。しかし、手と腕で衝撃吸収及びからだを丸めること(円運動)が重要であることを意識していることが、大ケガ予防に結びつくのです。

 神奈川県茅ケ崎市では、日本マスターズ柔道協会のメンバーが中心となって「中高齢者のための転倒防止(頭を打たない)勉強会」の取り組みを行い、柔道の受け身の技を活用して、転んでもケガを最小限にする活動が続けられているといいます(毎日新聞2021年5月24日付け、『人生100年クラブ、備える』シリーズ、「転倒防止に柔道生かす」で紹介)

 先般コロナ禍の中で開催された東京五輪で金メダルを多く獲得した日本のお家芸柔道ですが、「受け身の技」が高齢者の転倒予防や寝たきり、介護予防に役立つことは確かですから、そのことを全国に、そして、世界に広めることができれば、スポーツによる健康づくり、幸せづくりという大きな成果の実りとなることでしょう。

武藤芳照著『転倒予防-転ばぬ先の杖と知恵』岩波新書(新赤版1433)、岩波書店、2013年刊 PP165~169より引用・転載(①〜③の受け身のイラストも同書のものを改変)

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