転倒予防で大切なことの一つに、杖の正しい使い方があります。元々「転ばぬ先の杖」という諺があるように、昔から転倒する前に、杖をうまく使おうと伝えられていると共に、その英訳は、Prevention is better than cure.(予防に勝る治療はない)なのです。

 転倒予防をテーマにした市民公開講座などの機会には、この「杖の使い方」について、参加者の皆さんに質問を投げかけるのを常としています。

 「右脚が痛い人が杖を使う時には、右側に突くのが正しいか、左側に突くのが正しいか、どちらでしょうか」という質問です。

 もちろん、正解は左側(痛い脚と反対側)です。反対側に杖を突くことによって、体重を右脚と杖とで支えることで、痛みを和らげ、しかもバランスよく無理なくきれいに歩くことができるのです。多くの講演会場で、正解を回答していただくのは、半数もしくはそれ以下です。

 先般、私も理事の一人として長く運営に携わっている公益財団法人運動器の健康・日本協会(東京都文京区・丸毛啓司理事長)の行った運動器と運動器疾患・障害に関する市民の認知度調査の結果が公表されました。

 その中で、「転倒予防に役立つこと」の項目で、一般市民の認知の現状が示されました。

 日常的な運動が日光を浴びること(皮膚でビタミンⅮが作られ、骨を丈夫にし、神経・筋肉を活性化する効果がある)の大切さを知っている人は70%を超えているのに対して、「片脚が痛いとき反対側に杖を突く」ことを知っている人は24.1%、およそ4人に一人程度の認知状況であることが示されました。

 テレビドラマや映画・演劇などでも、片脚を傷めた人が杖を突く場面が描かれることがしばしばありますが、実は多くの場合、俳優の演技は間違った杖の使い方をしています。

 それらの場面を見て、一般の視聴者や観客は、「あの人は脚が悪いから杖を使っている。○側の脚が痛いのだ」と自然に間違った使い方を正しい使い方として認識するのでしょう。

 小・中学校、高等学校の保健の授業などで、杖の正しい使い方について教育されることがありません。脚をケガしたり、障害をきたして初めて杖を使うことになりますが、専門家から正しい知識を伝えられなければ、「まちがった杖の使い方」を実践してしまいます。

 転倒予防の立場からだけにとどまらず、正しい杖の使い方について、一層、社会に普及・啓発し続けなければならないと思います。

「離さない 昔は君で 今は杖」
(日本転倒予防学会 転倒予防川柳2018年大賞、愛媛県 井保靖久)

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