【新しいコラムシリーズ「健康医学 面白ゼミナール」】

これまで66本の「転倒予防」に関する「面白ゼミナール」のコラムを連載してきましたが、これからは転倒予防を含む、もっと幅の広い健康と医学に関わる話題について、自由にかつ大切なことを面白く伝えられるように、新シリーズとして連載コラムをお伝えします。

一人ひとりの健康と幸せを願って……。     

執筆者:武藤芳照
(東京健康リハビリテーション総合研究所 所長 / 東京大学名誉教授 / 医学博士)
詳しいプロフィール

 

 かつて、都内の総合病院の整形外科の外来で「健康スポーツ外来」を担当していた時のことです。毎週のように変形性膝関節症の患者さんがやってきますが、特に中高年の女性に多く、運動療法(特に温水プールでの水中運動)の指導をしていました。

すり減った軟骨のイラスト その折、必ずと言って良いほど尋ねられたのが、「先生! グルコサミンは、どこのメーカーのものが良いですか?」でした。

「グルコサミンは飲んだ方が良いですか?」とか、「グルコサミンは膝の痛みの改善に効きますか?」という質問ではなく、グルコサミンが変形性膝関節症の症状軽減に効果があると信じていて、さて、どこのメーカーのものを買おうかという相談なのです。

 ことほどさように、サプリメント、健康食品のグルコサミン製品が世の中に出回り、新聞、テレビ(特に民放のBS放送のコマーシャル)、雑誌などで、「長年の悩みの膝痛が改善した」「階段を楽に昇降できるようになった」「これで100歳まで元気に自分の脚で歩ける」などの「個人の感想」や著名人の使用体験が頻繁に紹介され、「中高年の変形性膝関節症にグルコサミンが有効であり、すり減った軟骨が再生されて、元気に過ごすことができます」というような神話が出来上がってしまったのでしょう。

 もちろん、どのような薬にも「プラシーボ(偽薬)効果」があり、その薬やサプリメント・健康食品を摂取して、「効果がある」と思い込んでいて、かつそれを契機に日々の生活習慣(運動・食事など)を改善することによって、結果、症状が和らぐことはあり得ます。

薬を飲むお年寄りのイラスト しかし、口から摂取したグルコサミン(多くは、エビ、カニ、サメなどの動物の軟骨成分から作製)が体内に入って、消化吸収の過程を経て、目当ての膝関節に見事に到達して、しかも関節軟骨の再生に利用されるようなことがあるはずがありません。

 また、グルコサミンと変形性膝関節症との関係を調査研究した医学論文で、その効果が明確に科学的に実証されたものはなく、要は「効き目はない」ことが示されているのです。これは、グルコサミンに限らず、コンドロイチン、(飲む)ヒアルロン酸、プロテオグリカンなどのサプリメント・健康食品も同様です。

 冒頭の整形外科外来で、患者さんの質問にはこう答えていました。

 「グルコサミンを定期的に買って飲むのは個人の自由ですが、そのお金を有効に使って、気の合った仲間とおいしいワインと食事を楽しむ方が良いでしょう。ただし、肥満を予防しつつ、膝のための筋力トレーニングや水中歩行によるリハビリテーションを続け、履物に留意(膝に負担のかかる靴を避ける)してください。」

ガマの油売りのイラスト 医学が進歩し、科学技術が発展した現代社会で、昔、大道芸人が万能傷薬として面白おかしく売っていた「がまの油」のように、座興として聞くのは別として、これほどグルコサミンがもてはやされているのは、「哀歌(エレジー)」と言って良いかもしれません。

健康医学 面白ゼミナール Archive