2024年のNHK大河ドラマは、『源氏物語』の作者・紫式部を主人公にした『光る君へ』とのことです。その物語に登場する藤原道長(1027年、61歳没)は、光源氏のモデルの一人とされていますが、平安時代の最高権力者として栄耀栄華を極め、娘3人を宮中に送り込み、宴席では今に伝わる和歌を即興で詠んだと言われています(52歳)。

「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の かけたることも なしと思へば」(この世は、自分のためにあるようなものだ。満月のように何も足りないものはない、の意)

第15回国際糖尿病会議 しかし、道長は美酒美食に明け暮れ、運動不足が続き、政治闘争でストレスも重なったためか、中年過ぎからは糖尿病が年と共に進行し、悲痛の晩年を送るのです。昼夜なく水を欲しがり、視力障害をきたし、最後には背中に化膿による大きな腫れ物(癰〈よう〉)ができ、敗血症に陥って苦悶の中で死に至ったとされています。まさしく「満月が次第に欠けていくように」健康を害して命を削っていったのです。
そのため、道長は日本で最初の糖尿病患者とされていて、第15回国際糖尿病会議(2014年、神戸市)の記念切手(道長と六角形のインスリンの結晶のデザイン)にも描かれています。

インスリン注射のイラスト(中年女性) 糖尿病は、膵臓から分泌されるホルモン、インスリンの分泌量が減少したり、その働きが弱くなるために、血糖値が高い状態が続き、尿に糖が出るようになり、さらには血管障害をきたすために、腎臓、神経、眼の障害なども合併することがある全身病です。

 しかし、「糖尿」の二文字に象徴されるこの病気に対する怠惰や不潔といった負のイメージが強いために、偏見や差別を生むこともあり、患者さんが社会生活を送りにくいと感ずることが少なくないことが指摘されています。また、糖を含む尿が出ても、糖尿病とは限らないという事実もあることなどから、日本の糖尿病学会日本糖尿病協会が、糖尿病の新たな呼び方を検討し、英語表記の「ダイアベティス」とする提案がなされたのです(2023年9月)。

 かつては、「消渇(しょうかち)」や「蜜尿病」とも呼ばれてきた糖尿病ですが、英語では一般的にはDiabetis(ダイアティス/「ビー」にアクセント)と称されています。 

 「ダイアベティス」は、尿が絶え間なくあふれ出る状態を古代ギリシア語のサイフォン(Diabetes)に由来して付けられ、正式名称をDiabetis Mellitus(メリタス)と言い、英語の略称は「DM」です(メリタスとは、蜂蜜のように甘い尿が出るという意味)。

 一方、Diabetisの名の付く病気には、もう一つ、Diabetis Insipidus(尿崩症〈にょうほうしょう〉)があります。こちらは、脳下垂体から分泌される抗利尿ホルモン(ADH)の分泌が欠乏したり、その作用が低下することによって、1日に3リットル以上もの多尿をきたす病気です(Insipidusは無味の意)。
 したがって、「ダイアベティス」の名称は、現在の糖尿病のことを表現しているのはまちがいないのですが、広く言えば、尿崩症をも含むと言えます。

 呼称の変更は珍しいことではなく、かつての「精神分裂病」が今は「統合失調症」に、「痴呆」が「認知症」に、「高脂血症」が「脂質異常症」に改められています。
 「名は体を表す」と言いますから、糖尿病も血液中の糖の値が高い「高血糖」が本質の病気ですから、高血圧症(Hypertension)等と同様に、「高血糖症」や「高血糖症候群」と呼称するのが良いように思います。

 英国の詩人、シェリーの詩の一節「If winter comes,can spring be far behind?」を「冬来たりなば、春遠からじ」と和訳した(上田 敏訳と言われているが諸説あり)例のように、難しい外国語を巧みに日本語表現にしてきたわが国の伝統と文化と知恵を、糖尿病表記にも活かすべきでしょう。

糖尿病の呼称の冬にも、早く春がやってきますように。

縁側で花見をする人のイラスト(女性)


執筆者:武藤芳照
(東京健康リハビリテーション総合研究所 所長 / 東京大学名誉教授 / 医学博士)
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