- 健康医学 面白ゼミナール
- 2026.02.10
現代ではあまり使われなくなったが、生活習慣病の代替え的な病名として、「メタボリック症候群」の言葉が普及していた時期がある。「メタボ予防」などと、肥満・運動不足・脂質異常症などの病気や障害を防ぐための啓発事業が色々な形で広がり、日常会話でもしばしば用いられていた。
今は、フレイル・サルコペニア・ロコモティブシンドロームなどとカタカナ用語があふれているが、一人一人の健康増進や疾患・障害予防に結び付くような生きた言葉になっていないような気がする。
かつて、故・杉岡洋一医師(元九州大学総長、整形外科学)より、内閣府での検討素材にするので、行動変容を促し国民の健康教育に役立つ新たな病気の名称を検討するようにと要請された。
いろいろ考えた末、「ムーブレス症候群」を提示したところ、早速に内閣府の会議の資料にも掲載されて、順次展開作戦をと意気込んでいたが、杉岡医師が急逝されたこともあり、本件はいつの間にか消滅していった。
「ムーブレス症候群」は、元々「Hypokinetic disease」(運動不足病)という欧米の言葉に源があり、それを咀嚼して、キャッシュレス・チケットレス・ホームレスなどの言葉のように、「レス(ない)」ことを端的に表現することを示し、「ムーブ」を促すことを狙ったものだ。この場合、「ムーブ」の中身は、いわゆる運動(からだを鍛え、健康を保つためにからだを動かすこと:『新明解国語辞典』、三省堂)やスポーツ(日常の仕事を離れて楽しむ諸種の運動・球技や登山など:同上)ではなく、日常生活で、立つ・歩く・またぐ、昇って降りる、物を運ぶ、掃除・調理・洗濯・ゴミ出しなどの家事活動や外出時の移動の際の徒歩・自転車乗りなどの身体活動全般に照準を定めるべきだろう。

「健康のために何か運動をしていますか?」と尋ねる質問が、行政やマスメディアなど色々な場面で出されるが、むしろ朝起きてから夜寝るまでの時間に、どれだけ「ムーブ」していたか、どれだけ活発に身体活動をしていたかの方が、より重要だろう。

それは、子どもにおいても、大人においても、高齢者においても同じであり、身体活動不足により、様々なからだの病気や障害・心のひずみをきたすことなく、日々しっかりからだを動かし(ムーブする)、心も動かすことが大切と思う。「ライフ イズ モーション」(アリストテレス)。からだが動けば心が動く・心が動けばからだが動くのだから。

※イラスト:武藤芳照著『スポーツ医学を志す君たちへ』より(久保谷智子筆)
執筆者:武藤芳照
(東京健康リハビリテーション総合研究所 所長 / 東京大学名誉教授 / 医学博士)
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