Dr.ムトーのショート・コラ

 

♯19「映画『国宝』鑑賞記」


 175分もの長さの映画、『国宝』(李 相日監督)。隣に座った高齢女性の付き添いの若い女性(おそらく息子さんの奥さん)が、「お母さん、長い映画ですから、途中トイレに行きたくなったら、声かけしてくださいね」と語っていたが、終始画面にくぎ付け状態のくだんの女性、一度も立ち上がることもなかった。高齢者の尿意を抑制するほどの、感激・感動の「100年に1本の壮大な芸道映画」(原作者の吉田修一氏)だ。

 まさしく波乱万丈の人間ドラマであり、舞台表現者の訓練の厳しさと舞台裏の葛藤や相克、愛憎物語が繰り広げられ、吉沢 亮と横浜流星の名演とその修練の凄さを体感し、誰もが余韻を抱いて、映画館を後にしているように感じた。

 役者が糖尿病の合併症により下肢の血行障害でが生じて、脚を切断せざるを得ない状況なども描かれるなど、過去の舞台表現者の実話も取り入れて、舞台の光と影が巧みに表現されている。

 今、日本舞台医学会の役員の一人であり、また新国立劇場バレエ団吉田 都芸術監督)の医療支援者の一員であり、舞台表現者の健康管理に携わる身としては、深く感ずることの多い本作の鑑賞であった。

 


執筆者:武藤芳照
(東京健康リハビリテーション総合研究所 所長 / 東京大学名誉教授 / 医学博士)
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