<武藤所長 著作を語る>

#27『からだのことわり丸善 1996年

・編集:武藤芳照
・発刊:1996年3月1日
・発行:丸善
・サイズ:四六判・240p
・ISBN‏ : ‎ 978-4621060438

 

 

 

 

 

 私が、東京厚生年金病院(現JCHO東京新宿メディカルセンター)の整形外科医から東京大学教育学部の助教授へと転身して着任したのが昭和56(1981)年8月1日であった。その年度の後期から、担当講義の一つとなったのが「人体生理学概論」であった。

 前任の担当教授から引き継いではみたものの、機能別、系統別に講義内容を組み立てて論ずるのは、やや難儀な仕事であった。元々、医学生理学の専門家ではなく、教育関係の訓練を受けていたわけでもない私が、身体を語り、最も重要な分野である生理学を学生に教育するのは、少なからずためらいがあった。

 いろいろ試行錯誤する中で、日常の身近な現象と事実を糸口に、身体の機能と成り立ちを語り、講義を聞いて「ヒトのからだは実によくできている」「からだの仕組みと働きを知ることは面白い」という感想を学生たちに持ってもらえるような内容に切り替えようと考えた。そして、生まれたのが「からだのことわり」という講義題目である。

 本書は、その講義の内容とその時々の学生たちのプレゼンテーションや質問、編集協力の学生4名(現在、浪曲師、編集者、研究者、外交官)のアイデア集を基盤に下記のように構成したものだ。

第Ⅰ章 からだの理:からだの理

第Ⅱ章 生きている、とは:見る、聞く、嗅ぐ、眠る、痛む、汗をかく、食べる、覚える、忘れる、疲れる、ホルモン、骨、など

第Ⅲ章 快:酔う、煙草を喫う、性、薬物

第Ⅳ章 育ち、老い、そして死:育つ、老いる、死

第Ⅴ章 都市の中のからだ、自然の中のからだ:都市の中のからだ、山の中のからだ、海の中のからだ、宇宙の中のからだ

〔コラム〕またたく間に/コナミミとアメミミ/心頭を滅却すれば火もまた涼し/ウソ発見器/お酒を飲むとよくトイレに行く/子どもの数/海女の体力 など

 今も本書を時々読み返すことがある。それは生理学の知識情報が面白く解説されているからだろう。30名の執筆者(眼科医、耳鼻科医、整形外科医、内科医、産婦人科医、法医学者、薬剤師、運動生理学者など)が「むずかしいことをやさしく、ふかく、おもしろく」(井上ひさし)語ることに徹してくれたおかげと思う。

 随所には、各項目にふさわしい日常の暮らしの中の光景を映し出す撮りおろしの写真が組み込まれている。とりわけ、「眠る」の項目の中でのねこの写真が傑作だ。ねこのレム睡眠とノンレム睡眠の姿を撮影するために、ほぼ半日かけて、飼いねこを観察し続けて撮影していただいた当時の担当編集者・田島牧子さん(現・理学療法士)による苦心の写真だ(p43 所収)。

 また、『からだの理』のタイトルに英語訳を付す必要があり、英語の達人である法学部の学生(元東大少林寺拳法部員・現外務省勤務)に、考えてもらったところ『HUMAN NATURE』となった。誠に見事な英語だ。

 1冊の本を作るための編集・制作の過程の中で、様々な人々の熱い思いと知識が融合し、その果実として創発された自慢の書である。

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