言葉は、正しく使わないとその意味が確実に伝わらないことと、似たような、あるいは近い言葉と混同されてしまう結果を生みます。

 最近、気になっているのが、健康づくりの運動プログラムやスポーツの準備運動として行われる「ストレッチングstretching」のことを「ストレッチstretch」と略して用いられることです。前者は「筋肉や関節をゆっくりと伸ばす体操」であり、後者は「(手足などを)いっぱいに伸ばすこと」(いずれも『ポケット版外来語新語辞典』、成美堂出版、2022年より)。

 つまりストレッチングは、からだの各所をゆっくり伸ばして柔軟性を高める効果を有する一連の運動プログラム・体操のことを指し、ストレッチは、あるからだの個所を1回伸ばす動作を指すのです。

ストレッチング stretching ストレッチ stretch
前側の肩のストレッチのイラスト(女性) 背伸びのイラスト
筋肉や関節をゆっくりと伸ばす体操 (手足などを)いっぱいに伸ばすこと

 例えば、「ストレッチ・リフレックスstretch reflex(伸張反射)」とは、骨格筋が急激に伸ばされると脊髄反射により収縮することです。かつてのいわゆる「柔軟運動」で、反動をつけてからだの一部を伸ばそうとすると、筋肉はこの反射により逆に収縮しようとします。そのため、例えば、長座位姿勢で他者が背中を無理に強く押すことで、伸張反射によりハムストリング(大腿屈筋)が急激に収縮しようとして、外力で伸ばされていた筋肉が、内なる力で縮もうとして、結果肉離れをきたす事例があるのです。

 したがって、正しいストレッチングは、①息を止めない、②時間をかけてゆっくりと、③強くやりすぎない、の3つの注意点を守ることが強調されるのです。

『マンガ 大人も知らないからだの本』武藤芳照編集、p41、運動器の10年・日本協会、2005年より引用転載)

Amazon.co.jp: ボブ・アンダーソンのストレッチング(初版) : ボブ アンダーソン, ジーン アンダーソン, 堀居 昭: 本 元々、ストレッチングは、世界的なベストセラーとなった名著『ボブ・アンダーソンのストレッチング』(ボブ・アンダーソン著、堀井 昭訳、「月刊トレーニングジャーナル」編集部編、ブックハウスHD刊、1981年)により、我が国でも急速に広まった運動プログラムです。

 この本が普及してから40年余り、ストレッチングを「ストレッチ」と安易に略して用いていると、本来の「ストレッチング」の意義と方法が正確に伝わらなくなって、結果、効果も薄らぎ、逆に筋肉を傷める事例を増やすことになると、懸念しています。したがって、最近私が編集・監修している健康関連の書籍では、必ず「ストレッチング」の用語で統一することに徹しているのです。

 


執筆者:武藤芳照
(東京健康リハビリテーション総合研究所 所長 / 東京大学名誉教授 / 医学博士)
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